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ヘアスタイル

今日、申し送り中のスタッフのヘアスタイルがどうも気になって、触ってみたくなった。
普通に、シュシュで後ろに束ねているだけなのに、夜会巻きのように、てっぺんが、ふんわり小山のようになっている。きれいな膨らみ・・。
近くにいたスタッフに、爆弾入ってますよ・・と言われながら触ってみたけど、普通・・。自然に膨らんでいただけなんだけど、きれいな小山だった。
私の髪質では、絶対無理。いや、できる技術がない・・。

そういえば、昨日も、いつもと違うヘアスタイルのスタッフ発見。
「パーマあてた?」と聞くと、
「いいえ~、私のいつもの癖をそのまま濡らしてドライヤーしただけ。」
いつもは、まっすぐなイメージのショートカット。
濡らして下からドライヤーをあてながら、毛をクシュクシュする技で、イメチェンできるのがすごい。

外来通院中のママは、いつもきれいにヘアスタイルを決めて来られる方も多い。
何年か前、いつもきれいにお団子ヘアーをされているママがいらっしゃった。
そのママがお産で入院中、スタッフは、作り方を聞きたかったので、思いきって聞いたら、お団子ヘアーをほどいて説明して下さったとか。

赤ちゃんのヘアスタイル。
ほとんど、同じに見えるけど、髪の毛の多い赤ちゃん、少ない赤ちゃんと、個性は充分。
沐浴のあと、小さいブラシで髪型を整えてあげる。大人(私だけ?)の自己満足かもしれないけど、かわいい。
私は、沐浴のあと、どうしても、赤ちゃんの髪を横わけに整えてしまう。
場合によっては、7:3わけに!!!。
すべて、無意識でやっていたけれど、「赤ちゃんの横わけは不自然ですよ。」と、スタッフに指摘されたのが、つい最近。
過去何十年もの間、数えられない人数の赤ちゃんを沐浴してきたけれど、沐浴が終わって、ママのベッドサイドに帰ってきたら、横わけ、しかも7:3になっていてビックリされていたママがいらっしゃるのでしょうか(笑)
今更ながら、ごめんなさい。
スタッフに指摘された後は、まっすぐ毛並みにそってスタイリングしてあげるようにしています。
eri.hosoda

お礼 思い

先週末、私は誕生日を迎えました。
いくつになったかは、別にして、祝福してもらえることは、うれしいことです。
スタッフからは、大きなホールケーキとプレゼント、そして、スタッフ全員からのメッセージカード、しかも、全員の似顔絵付き、をいただきました。
スタッフに囲まれて、ハッピーバースデーの歌を歌ってもらい、クラッカーをならし「おめでとー」と言ってもらい、涙がウルウル出てくるのをこらえるのに必死でした。悲しい涙ではなく、うれしい涙が流せるその時に、
大げさですけど、(私って、幸せ!うれしい!生きててよかった!!)と思えました。
この場を借りて、スタッフみんなにありがとうと感謝を伝えたいと思います。

先週、とても悲しい、すごく悔しい事故が起こりました。
祇園での事故です。
事故?事件?か、かわかりませんが、運転手も亡くなっており、真相は想像しかできない状況です。
亡くなられた方の中に、知っている方が含まれていました。クリニックで知った方です。
詳しくは、書きませんが、私たちは、悔しくて、悲しくて、いたたまれなくて、残された方の置かれた立場を考えるとすごくすごく苦しくなってきます。何か手を差し伸べたい、何か声をかけてあげたい、と思うものの、何もできません。
身内の方は、想像しないありえないことが襲ってきて、自分が自分じゃないような、嘘でしょ夢でしょ、と問いただす、そんな、今を過ごしていらっしゃる事でしょう。
しかも、今回の事故は、あと1m後ろにいたら、あと10歩前を歩いていたら、事故に巻き込まれていなかった、という現状。運命なのでしょうが、それだけでは納得できません。

自分の誕生日と重なって、思ったのは、生きていけるのは、奇跡なんだ・・ということです。
お腹の中で、ドクドクと心音が聞こえたそのときから、一生は決まっているのかもしれません。
でも、本人も家族も友人もそれを知らずに生きているのです。
(逆に自分の運命を知って生きていくのは、怖くて、行きていけないですね。)
自分の一生がわからない、明日がないかもしれないなら、何をしなくてはならないのか・・。
考えられないくらいたくさんあります。やりたいこと、いきたい所、言いたいこと、見たいこと、聞きたいこと。
40才なりに、50才なりに、60才なりに、その時々の自分に置き換えて、たくさんあります。
これで、明日いなくなってもいいよ、なんてことは絶対にありません。
それなら、少なくても、自分の思いは日々しっかりと伝えようと思います。
特に、ありがとう・・を。
スタッフにも、家族にも親にも、ありがとう・・って。
なかなか、ありがとうの言葉は、親しい中では、言い忘れがちです。
特に、親や夫、子供には、不満や自分のわがままは、はっきりツラツラでてくるのに・・。
それはそれで、家族なんだから、OKなんでしょうけど、「ありがとう」をもっともっと言っておこうと思います。
外人なら、「愛してるよ」「I LOVE YOU」をハグしながら普通に人目も気にせず出来るのでしょうが、日本人は、まだまだ、そこまでする習慣、勇気がないです。
でも、本当に明日がないかもしれないから、言葉だけでも伝えることを忘れないよう・・、そう心の底から、思いました。

最後に、謹んで亡くなられた方のお悔やみを申しあげますとともに、心からご冥福をお祈りいたします。
eri.hosoda

大小悲喜こもごも・・

4月になりました。
春の気配を感じながらも、まだ、冬のコートを着なくてはいけないほど肌寒いです。
昨日は、特に異常な天気。台風のようで、吹き飛ばされてしまいました。街の人も、自転車で横滑りに移動している危険な場面、傘が裏返り泣いてる女性も見ました。
それでも、天神川の桜は、遅れながらも咲こうとする準備中です。
楽しみ・・。

さて、ここ最近の悲喜こもごもをいくつか短く書いてみます。

数日前、あるA先生B先生とお話する機会がありました。
A先生 「相変わらず忙しい?」
私 「はい。忙しさは日によって違いますが、最近は夜が忙しいです。」
A先生 「え?夜もあるの、お産。そうなんだ、夜も普通にあるんだ・・。大変だね。その分、お昼は休めるの?」
と驚かれてしまいました・・・。
医療関係じゃなくても、お産は夜も昼も関係なくあるのは、周知の事実と思いきや、立派な内科の先生に、「夜もあるの!」と言われて、がっくりしてしまいました。

B先生 「相変わらず忙しい?」
私 「はい。忙しさは日によって違いますが、最近は夜が忙しいです。」
B先生 「そうか・・。産科はそれが大変だよな。細田先生ももう○○才でしょ。もう、体労わらなくてはいけない年齢だから、体壊さないようにね。」
B先生には、院長の代わりに「ありがとうございます、まだまだ働きますけど・・」と笑ってお答えしました。
プライベートでお会いした先生に、渇をもらうと同時に、ほっとした限りです。

数日前の外来。
妊婦健診がいつものように10数名以上あったかと思います。
そのうち、経産婦さん7名。みなさんお子さん連れ。
全員が、細田クリニックで生まれたお姉ちゃんお兄ちゃんでした。
春休みで、幼稚園、保育園がお休みだったのか、みんなママと一緒に検診。
大きくなっていて、普通にお話ができ、抱っこさせてもらい、楽しいひと時でした。

日曜日、スタッフの一人が結婚式を挙げました。心からおめでとう!!!
スタッフと、私、院長とご招待いただき、御祝いに行かさせていただきました。
本人のプロフィール紹介で、「現在の職場、細田クリニックは、すごく家庭的で、いい環境の中で働いています」
と言っていただきました。
すごくうれしかったです。そして、そのとき、横と前にいるスタッフ、その時も病棟で働いてくれているスタッフ、みんなスタッフの顔が浮かびました。本当にありがたい幸せな瞬間をいただきました。ありがとうね。

昨日の突風の雨の中で、出かけていた私はタクシーで帰宅することに。
手を上げて、タクシーを止める私の2mほど前に、サラリーマン風のおじさん(私と同じくらいの年かな)がタクシーを止められました。内心、「仕方ないな・・。次、止めよう」と思った瞬間、「ねーちゃん先乗り!」と、飛びそうな傘を手にしながら、振り向いて言ってくださいました。
世の中、まだまだ優しい人いっぱいだな、と、身に染みて感じ、遠慮なく乗っちゃいました。
それから、何年ぶりかに、「ねーちゃん」と言われた!
「そこのおばさん、先乗り!」と言われなかったのも、ひそかに、うれしかった単純な私。

悲喜こもごも・・と題にしましたが、悲、は殆どないことは、ありがたいことです。
喜がどんどん増えていって欲しい、そんな、新年度のスタートに思う今日です。
eri.hosoda

顕微鏡

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この顕微鏡、3月19日に破棄しました。
それが、どうしたの?って感じですが、2011年4月7日のブログを見て下さい。
30年ほど使用していた聴診器が引退しました。そして、捨てようとしてスタッフに引き止められて、今でも、ロッカーの中のオブジェです。
さて、この顕微鏡・・。
実は、院長の学生の時に購入した物。何と物持ちが良いこと・・。
現在の大学生は、入学と同時にパソコンを購入することが、学校との連絡や、就活に使用するため、半強制的になっているようです。それと同じ感覚か、院長が医学部に入学と同時に、パソコンではなく、この顕微鏡を購入させられたとか・・。
その顕微鏡、先週まで、ずっと診察場で活躍していました。
これ、見覚えのある患者さまもいらっしゃるでしょう。
不妊治療の方は、ご夫婦でこの顕微鏡を何度も覗かれたことでしょう。
先週、前触れもなく全く使えなくなり、修理依頼するも、部品が20年前に製造中止になっているほど古い型らしく、破棄することになってしまいました。
よく何十年も活躍できたことでしょう。残念だけど、寿命か・・としみじみ眺めていました。
そうは、思いましたが、役に立たないなら、場所をとるだけだし、業者さんに
「破棄するので、持って帰って下さい」と即言ってしまった私・・。
すかさず、その場にいたスタッフが、
「え~、記念やん・・。置いておけないんなら、せめて写真でも撮っておいたら?」と提案を出してくれました。
そうですよね・・・・・・・。聴診器の時もそうでした(2011.4.7ブログ)。
何十年使った愛着あるものだし、院長だけでなく、患者さまそしてそのご主人がこの顕微鏡を覗き、喜んだり望みを託したり、1つの妊娠に一役かった顕微鏡・・。
記念に写真を撮り、ご苦労様の気持ちで業者さんに引き取ってもらいました。
近日中に新しい顕微鏡を購入予定。今度の顕微鏡は、先代顕微鏡ほど院長に使ってもらえないはず・・です。
(院長の今の年齢に、足し算すると・・)
でも、新しい顕微鏡もたくさんの妊娠に到る一過程で活躍することでしょう。
先代顕微鏡、ありがとう。
写真の提案してくれたスタッフ&業者さん、ありがとう。
eri.hosoda

3月11日

昨日の、11日はあの震災から1年。
1年って、なんと早いことでしょうか。
想像もしないことが起こる!という恐怖を覚えた日から、あっという間に過ぎてきた1年でした。
だんだん、過去になってしまうことは、事実ですが、震災に合われた方は、元の生活に戻るため、現在進行形な日々を過ごしておられることでしょう。
昨日のテレビや新聞で、ズッシリと感じました。
そして、東京直下型の地震が起こる、とか、富士山が爆発するとか、東南海地震が起こる、とか、いろんな想定がされていますが、想定以上なことが起こるかもしれないのが、自然の脅威かもしれません。
京都市内に津波は来ないだろう・・。
そう日々、思っていますが、東北の方も、まさか、あの防波堤は超えないだろう、まさか、海岸から1キロ内陸には津波は来ないだろう、まさか、3階以上の高さには来ないだろう、そう思っておられたに違いありません。
その、「まさか」に備えて気持ちの訓練も必要なことかもしれません。
今日も1日、無事過ごせた、生きられた、と思うこと、大げさかもしれないし、宗教っぽいかもしれませんが、改めて感じてみるのも大切なことでしょう。

さて、昨日は京都マラソン当日。
クリニックの周囲が通行止めになってしまう、という現状でしたが、その間、緊急を要する患者さまがなかったことに、とりあえず安堵しました。
院長はじめ、昨日のスタッフは、記念すべき第1回をクリニックからしっかり見守りました。
院長と私は、知り合いの先生が出場する、とのことで玄関の前の五条通りで観戦。
スタート直前の、車もバイクも1台も通らない一瞬静寂な五条通り、
そして、
スタート直後なので、1万5千人の集団が途切れることなく押し迫ってくる五条通り、
圧倒されながらも、知り合いの先生を探すこと数分。
「赤い服着て走るしね」と聞いていましたが、赤い服装の人、多すぎて・・。
だんだん、どの人も同じ姿に見え、五条通り四車線全部見れず、クラクラしてきた頃、その知り合いの先生を発見。
ハイタッチで歓喜の声(応援です!)を上げてしまいました。
その直後、渋い顔で目の前を走る「石原良純さん」を発見!
本人を目の前に「あ!!石原良純や!」と呼び捨てで指さして叫んでしまいました。ごめんなさい・・です。
今日の朝まで、よく似た人だったのかな?と思っていましたが、けさのニュース番組で「昨日、京都路を走ってきました」と石原良純さん本人がおっしゃっていたので確信を持ちました。

そんな3月11日、来年も訪れる3月11日。
復興が少しでも進みますように願います。
そして、京都で平穏に過ごす日々ですが、1回でも多く、「今」に感謝できるように、大人な生き方をしなくてはいけませんね・・私。
eri.hosoda