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育てる

秋葉原の事件、記憶に残りそうな事件だ。
この事件によって、数名の方が亡くなられた。
命が知らない間になくなってしまう。何の予告もなく、一瞬にして消え去る命。
無くなった方々は、何が起こったのか、さっぱりわからず、この世を去られたのかもしれない。そんな酷い事件。たった一人が起こした戦争以上に怖い事件だ。
あの、犯人が静岡から東京ではなく、京都に来ていたら、そして、四条河原町の交差点の赤信号を待つ人の雑踏に車を突っ込んでいたら・・・。
考えたらぞっとする。そこに家族がいたかもしれない。私がいたかもしれない。
知っている人がいたかもしれない。
こんな事件が起こらないように、こんな犯人がまた出現しないようにして欲しいものだ。と、いつも事件があるごとに思うのだが。
・・・・・・はて、どうしたらよいのだろうか。
繁華街に行かない?そんなこと出来ない。
すれ違う人みんなを警戒しながら歩く?そんなの疲れる。

とりあえず出来ること。みんな、一瞬でも考えなくては。
・・・・・・・・友達や人と人のつながりを大切にする。
誰にでも、出来そうだ。友達はすごくいい。いつも励ましてくれる。応援してくれる。一人じゃないと思える。
仕事上の友人。私よりうんと年上のおかあさんのような存在の人、友達感覚で話せる人、年下なのにいろんなこと教えてくれる人。何でも話せるから、気分が和む。助けられてるな、と思える。
こられる妊婦さま、患者さま、いろんな方がおられる。自分のことを振り返り、置き換えたり、自分の反省になったりして、自分の生き方に大きな影響を与えているなと思う。
家族、どんなことも耐えてくれる。本能のままでいられるな、と思える。
そんな、人々のつながりがあれば大切に思っていたら、一人で悩むことなく、たとえ、悩んでいても誰か気づいてくれるのかもしれないと思う。逆に、私の周りにいる人にも同じ思いで接しなくては、と思う。
・・・・・・・・そして、何より家族の役割をもっと見直さなくてはいけないのでは、と思う。
夫婦、何でも言えなくては・・。
子ども、責任持って大人にしよう・・。
この事件では、すごく子どもを育てることの大変さを痛感した。
秋葉原の犯人に関しても、幼い頃の親の育て方が、メディアで報じられている。
親は、子どもに期待して当たり前だと思う。どうでもいいや、なんて思いはどの親もないはず。
なのに、犯人のような人間ができてしまったのだろう。
私は、いつも、子どもに言うこと。
それは、勉強しなさい、と言うときも(滅多に言う時間がないのだが、目に余るときはその場で言う)決して、私や主人のためでなく、自分のためにやる、ということを言う。
よく、子どもに聞かれる。数学の因数分解が出来たことが、大人になって役に立つの?と。私の答えは、因数分解が大切なのではなく、その問題をわかるように、自分で考える、判るように努力すること、と言う。英語の単語も覚える工夫をし、努力すること、それが大切だ、と言う。
勉強とは、その過程が勉強であることを判らせるため。
(だって、微分積分なんて、化学記号なんて全く今の仕事に必要ない・・)
あとは、社会にでて、人と接して生きていくことの大切さ、それが、こどものしつけだと思う。それが、一番大切な親の役目ではないかな、と思う。
清潔さ、まじめさ、嘘をつかない、礼儀、やさしさ、常識、そのほか、親としてしつけることは、親のためでなく、本人のために言っているのだ。
私のよく使う言葉、「そんなことしてたら、将来彼女できたらすぐに嫌がられるよ~」とか、「社会人になったらそれは許されないんよ。」
子どもは、「わかってるってば・・」とめんどくさそうに言うが、絶対大人になったとき、親になったときわかってくれると思う。
この前、よく話すスタッフと笑いながら話していた。
私らって、親と似てきたよね、親と同じこと子どもに言ってるよね、と。
そうやって、親のありがたさがこの年になってわかり、子どもを社会に送り出す責任があることも痛感するのだ。
親の一言、思いは子どもの将来を覗かせているのだ。
秋葉原の事件はいろんな考えを夫婦で、そして、子どもと話す、いい機会だろう。
小さい子には無理だろうけど・・・。
                   eri.hosoda


ある外来

それは細田クリニックの話ではない。
近くの開業医さん。
私の体のことで、数年前からお世話になっている。
定期的に受診はしていたものの、油断してたのか、ドカンととばっちりを自分の体に受けてしまった。
スタッフに迷惑をかけたことや、その先生から主人に話しがある、というほど・・になっていたことに反省。
それで、主人と私はその医院で診察順番を待つことになった。
たくさん待っている患者さん。
コクコク居眠りをされている方、雑誌や本を読みふけってる方、などなど。
その間にも次から次に入ってこられ、15席ほどの椅子は、常に埋まっている。
もちろん、私はその日、予約外で受診のため、後から来た予約の方が優先、というのはわかってはいるが、2時間は待った。
私の順番が来るまでの2時間、待っていらっしゃる患者さんは、誰一人、まだ?と受付に行かれることはない。夜の7時外来受付終了時間になっているが、このままだと明らかに10時近くになるだろう。
もちろん、小さいお子さんやしんどい方がおられないのは、待てる理由であろうが・・。1時間半待ちで、「今日は早いな・・」と独り言を言いながら、入っていかれた方もある。
そして、私も、中に呼ばれた。
「ご無沙汰やね。今日は、マシか?」
ゆっくりと先生が話し出され、ゆったりと、流れている診察室。
先生は、話を聞きながら、時々、背もたれに深くもたれ、こちらを向き、笑顔で話をされる。本当は、厳しい先生なのだが。
看護師さんも、せかせかしていない。
外に10人以上の患者さんが待っている、という慌しさはない。
10分くらいの診察時間。
でも、診察の後は、「待たされた」という感覚は全くなかった。
しっかり診察を受けた、という満足感があった。

その感覚。

きっと、そこに通われている方、みんなあるのだろう。
だから、いつ順番が来るかわからなくとも、待てるのだろうし、先生が信頼でき、診て欲しいから、待つのだろう。
待たされるのではなく、自ら待っているのだ。
主人も私も、すごく、教えられた。
細田クリニックでも、来られる人数が増えれば、必然的に待っていただくことになる。途中でお産があれば、さらに、待っていただかなくてはならない。
来られる患者さまに、「今日の午前は、もう、50人診たので、それ以後の方は診ません」や、「今日は多いから、急いで診ます」なんてことはありえない。来られる患者さまはみなさん、自分を診てもらうために来られている。だから、何人来られても、丁寧に、穏やかに、満足いくように、その目の前に座られた方中心の診察をすることを意識してやらなくてはいけないのであろう。当たり前のことだし、日ごろ意識は充分している。しかし、自分が待つ立場になって、再度、痛感したことだ。
産婦人科はみんな選んでこられる。
選ばれなくなったら、産婦人科をやめなくてはならない。それは、産婦人科として魅力がない、ということ。やっている意味・価値を評価してもらってないということ。
散髪屋さんに、だれも散髪しにこない、喫茶店に誰もお客が来ないのと同じ。来て頂ける方が少なくなり減っていけば、実際問題経営だって成り立たない。
今、たくさん来ていただくということは、いろんな面で、細田クリニックに行こう、と選んで来てもらっているのだから、待ち時間(短くする努力は常に最大限しています)があっても「やっぱり診てもらってよかった」という思いで帰っていただかなくては、と痛感した。


                                  eri.hosoda







老い

連休も終わり、五月(さつき)というより、初夏を思わせる日々である。
半袖でも、長袖でも、どちらでもOK、夜も暑くもなく、寒くもなく心地よく眠れる。
しかし、目が覚めたとき、「今日○○さん陣痛来るかな・・」「今日は△△さん退院だよね。」これが、主人と私の最近の寝起き第一声の会話。
いい天気だから、今日は、布団乾そう、とか、出かけよう、という会話は疎遠になっている。それでも、5月は気持ちよい。
そんな毎日の中、私たち家族にも大きな変化はあった。
日々食事も掃除も儘ならない私だが、プラス、父の介護が加わった。
プライベートなことだし、このページで書き記す内容でもないが、大変な反面、プラスで思えることも増えた。
毎日、「おめでとう、よかったね。」と元気に、家族の一人として生まれてくる赤ちゃんを見て、そして、父(正確には義父・・)に会いに行くと、人としての最初と老いの両方を有ありと感じる。
さっきまで、赤ちゃんがどうしたらおっぱいがうまく吸えるか?どうしたら、お産が無理なく進むか?と考えていた頭を、父に会いに行くときは、どうしたら、父のプライドを損ねず、着替えたり、会話したり、おしもの処置をしようか・・と考える頭に入れ替える。
(しっかり切り替わっている自分に少々自信があるが(’v’)V(笑))
ふっと行き帰りの道中、思う。
今、元気に生まれてきた赤ちゃんもいつしか老いを迎える。赤ちゃんの老いを考えるには早すぎるが、お産を終えたお母さん、その傍らのお父さん、そして、待合で待っておられるおじいちゃん、おばあちゃん。
クリニックで出会う光景は、おばあちゃん、おじいちゃんといっても、お若くて、老いどころか、まだまだ、お孫さんの面倒もばっちり任しておいて!と言う方ばかりだ。
それでも、何十年後は、この家族という枠組みの中でみんな老いを迎える。
その土台である家族のスタートは今クリニックの中で始まっている。
すごく大切な場面であり、私たちの一言や笑顔や行動が、新しく出来上がっていく家族の始まりに一瞬でも影響しているのかもしれない。
私も、数年前まで、介護なんて、考えもしてなかったし、父も「絶対に世話にはならんよ」と言い張っていた。
しかし、老いは待ってくれない。最終的には家族の中で、子供の成長も見守りつつ、老いにも携わっていかなくてはいけない・・・。絶対にみんな・・・。

そんなことを考えながら、今日も父の笑顔を見に行った。そして、プライベートな思いでごめんなさい。
                              eri.hosoda

記憶力

よく街中で、今までにお産された方や、外来通院されている方とお会いすることがある。
どの方も、お顔ははっきり覚えているし、細田クリニックでお産された方、ということは、はっきりと覚えている。お名前もすぐに浮かんでくることが多いが、しばらくしてから「○○さんだ・・・」と思い出すこともある。
でも、去年までは、そうではなかった。どなたでも、すぐにお名前と何で外来にかかっておられるかわかったが、さすがに、外来患者様も増えてくると、買い物途中でお会いして、お話しをしても、お名前だけが浮かんでこなくって、考え込んでしまうことがある。お母さんは、入院中と違い、メークをされていたり、髪型を変えられたり、おしゃれをされたいるとわからないことが多く、
もちろん、赤ちゃんを見ても、すっかり大きくなっておられ新生児の頃の面影はない。案外、お父さんを見て、「○○さんだ」とわかることもよくあるくらいだ。
院長と私、二人で考えても浮かんでこないこともあり、買い物の帰りの車の中で、
・・・・ほら、お産はすごく楽だったよね。2年前の夏くらいかな。
・・・・上のお兄ちゃんが、かわいくって、いつも、気さくにそばに来て話してくれて。
・・・・ご主人が外来にいつも来られてて、背が高くて・・・
そうした会話の後、自宅につく頃、○○さんだ!と思い出すことがある。
(ごめんなさい)
それなのに、クリニック受付にすごい人がいる。
名前も顔も、カルテ番号もすぐに言える。
最近いつ受診されているか、すぐに言える。
受付前の自動ドアが開くか開かないか、というタイミングで、その入ってこられた方の名前がわかる。
私たちが、「1年前くらいのお産の人で、二人めさんで、上がお兄ちゃんで、お母さんはショートカットで、背は高くって・・・」
と言えば、
「きっと、○△さんでしょ。去年の夏頃にお産された・・・。赤ちゃんの名前は、※□ちゃんですよ。カルテは、×××番。」
と即答。それが、完璧に当たっている。一人二人ではない。カルテの数の9割以上の患者さまの把握を記憶している。
びっくりするのを通り越して、すごく尊敬してしまう。

街で買い物途中にお会いして、声をかけてくださるのは、すごく、うれしいし、こちらから声をかけることもよくある。大きくなられた赤ちゃんを見せてくださると、もっともっとうれしい。
でも、受付の彼女と違って、私も院長も記憶力が落ちてきている今日この頃・・・。患者さまの数が増えたせいだ、と思っているけれど、年齢のせいなのかもしれないが・・・・。
贅沢な希望であるが、もしよかったら、お名前を名乗っていただけたらなあ、と思う。
                           eri.hosoda





産婦人科

肌寒い4月1日。
天神川の桜もきれいに咲き並んで、春が来た!と思える季節になった。

昨日、院長の大学時代の友人が香川県から京都に来られた。
まさに、4月1日で、お子様が京都の大学にこの春から入学との事で来られた。
何十年ぶりに会った、とのことらしいが、
「全然昔と変わってないな~」の会話から始まり・・(傍からみたら絶対学生には見えないのに・・・(笑))
お互い産婦人科の開業をしていることから、話は弾んだらしい。
そこで、話になるのは世間の産婦人科医不足、助産師不足の話。
四国のほうでも産婦人科医は減る一方だそうだ。
その先生も、ずっと一生産婦人科をやっていく自信はない、もちろん、子供に今の産婦人科医院を継承してほしいとも思わない、との話だった。
医学部を卒業しても、産婦人科希望の医師はゼロという大学も多く、
このままだと、5年後には産婦人科(お産をする医師)はさらに、3割は減るという予測だそうだ。
助産師も、どこも、不足状態。
細田クリニックに来られる経産婦さんに、前回のお産の状況を知るため、上のお子さんの母子健康手帳を持ってきていただいている。その、お産の状況を記入するページに、医師の名前はあっても、助産師の名前が書いてあることは、半数以下である。・・ということは、助産師がその場にいないということだ。法律上、お産は産科医あるいは助産師がいれば、できるわけであるが、お産直前まで看護師が観察し、お産になれば医師が来るという状況なのであろう。だから、看護師の中でも、産科だけは嫌・・と、特殊な科に思う人が増えてきている。

こうなったら、5年先、10年先、そして、今、生まれた、子供たちがお産する頃、どんな、環境になっているのであろうか。
今存在している産婦人科が残っているとは保証できない。減るであろう。
京都市近辺でも、入院施設を閉鎖する、お産の予約を制限するという病院を、この1年で、3~4施設はある。閉鎖・お産制限すれば、回りの産婦人科は、さらに忙しくなる悪状況。
私の知っているお産をされていた先生が、一人二人とお産をしない分野にいかれる。何で?と思ってしまうが、昼夜24時間365日拘束となれば、仕方ないのかもしれない・・。
わかっていても、どうもできない現状・・・・。もどかしい・・・・・。
そんな中、あえて開業し、自ら24時間365日拘束の産婦人科に突っ込んでいった院長と私。
やるしかない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
                                   eri.hosoda