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お盆

テレビを付ければ、戦争のトークや慰霊祭の番組、帰省ラッシュや行楽地の渋滞状況。
戦争を忘れないように・・という思い、半世紀ほど前には、今の日本から想像できないような戦争が日本で起こっていたという事実。
そういう、私も戦争は話でしか知らないし、おじいちゃんが戦死した、ということぐらいしか知らないし、子どもにも、昔話のように話すことしかできない。
今、生まれた赤ちゃんたちは、おじいちゃんおばあちゃんも戦争を知らない人たち。「戦争」という言葉はゲームの中でしか知らない時代になるのかもしれない。
ドラマでは、戦争時代の状況を演じたり、慰霊祭で原爆の話を出してみたり、語り続けてはいるのだけど、肝心の今の若者は見ようともしていない。
改めて、命の尊さをしのぶにあたり、このお盆という時期が大切なのではないだろうか。
「お国のために、喜んで行ってまいります」そんなこときっと心の中では思っていなかったはず。家族も「頑張ってきてください」とたたえる。こちらも心の中は、さみしさ、悲しさ、悔しさで、涙が溢れかえっていたに違いない。
それほどまで日本の国を守るために命を削って旅たったひとがいることを忘れないように、語り続けることは難しいけれど、本当に大切だ。
戦死した方々が今の時代に舞い戻ってきたら、100人中、95人くらいの人は嘆き悲しむと思う。


なぜなら・・・・
今の時代は、嫌になれば仕事も学校も辞める。
便利だから・・とiーphoneやiーpadを使用する。利用するのと、怠けるのとでは使い方の意味も変わる。
それらを使うことは悪いことではないけれど、自分で考えて、自分で努力してやることをサボってそれらを使うのであれば、考える頭が退化する。一生懸命考えたり、答えを見つける喜びや、考える過程のもどかしさ、など、感情が無くなり、単純簡単に答えを求めたりする。
悪いことばかりではないけれど、確実に悪影響もあるはずだ。
昔は携帯もなかった。
だから、友達の家に電話するにも、時間を考えたり、お母さんが電話に出られたら、何と言おうか、など緊張し考えたもの。
わからない所に行く時には、人に聞いたり、調べたり頭のエネルギーを全部使った。すごく早めに出向いたり。もちろん、時間に遅れるなら、携帯もないから、1分でも早く行こうと必死だった。その時間に間に合わず、すれ違い、彼氏と別れた人もいるはずだ。

かなり、お盆とはかけ離れてしまった話しになったけれど、楽だから・・めんどくさいから・・と時代の便利を掛け違えていると、人との感情やかかわりが嫌になり、すぐに人を刺したり、殺したり・・。家族まで殺したり、わが子を虐待、殺したり・・。
そうならないように、戦争、そして、命を大切にすることを語り続けなくては・・と思う。
取りとめもないまとまらない話題で すいません。
eri.hosoda

夏バテ対策

タイトルは夏バテ対策・・としたものの、あえて何もしていない状況です。
朝スタッフとの第一声が「今日も暑いね~」になってしまっています。
本当に、溶けそうなくらい暑い今年の夏。
昼間は建物の中にいるので、実感する時間は短いのですけど・・。
行き帰り、そして、銀行への用事、などなど、数分外に出るだけで、体の脂肪が溶けそうです。
(本当に溶けてくれたらいいんですけど・・・)

洗濯物は、ぱりぱりに乾きます。
この暑さのメリットはそれだけかな?

日本のあちこちで熱射病で搬送されたり、亡くなられたり・・の報道がされています。ありえないことですけど事実なのです。
夏は、思いっきり外で真っ黒に日焼けするまで遊んだ子どもの頃は、異国の話のようになってしまいました。

せっかくクリニックの前に植えてもらった、少々の暑さでも耐えられるレッドスターがすでにピンチです。スタッフが、「溢れるくらい水をあげて」という植木屋さんの話を忠実に水やりをがんばってくれているにもかかわらず、レッドスターがグリーンになりかけています。水不足だそうです。

照り返しの暑さで50度くらいになっていそうなグランドで高校野球をやっている高校生もいます。日ごろ鍛えているとはいえ、すごいな・・と思います。酷暑の中でも、目標に向かって笑顔でがんばっていけるのです。若さってすごいです。もう、今の私には想像するだけで無理・・。

息子は、毎日自転車で通学しています。しかも、車でもアクセルを踏みっぱなしの坂道、10キロ以上の距離を。
「道にある温度表示が40度やった!」と言いながらも、自転車で行くことしか選びません。帰ってきたら、制服は絞れるくらい汗でビショビショ。「バスで行ったら?」「脱水症、熱中症で倒れるんちゃう?」と思う親の思いは全く聞き入れません。たくましいというのか、ほどほどが判らないのか・・。

沖縄で仕事をしている友人からメールが来ました。沖縄も暑い・・そうです。
真夏の沖縄の海の写真をいっしょにメールに添えてくれました。
そうですよね。この海を想像できるギラギラする夏は、少し前まで、沖縄だけだったんですよね。今では、京都のほうが、気温が高いです。

少し前、北海道のいとこが話してくれました。「毎年夏でも、朝晩は肌寒いから、ストーブは付けるよ。でも、今年はストーブ付ける時間少ないね。」ですって。涼しい北海道でも、何らかの異常な暑さを実感しているようです。

それで・・・
タイトルの夏バテ対策。
これっと言って何もしていません。
昨日の土用の丑の日に、少々奮発して、国産うなぎを買いました。
それくらいかな・・。クリニックのお昼ご飯も昨日はうなぎでした。
昔から、夏は緑の野菜も少ないし、夏バテにビタミンを・・という意味合いがうなぎを食べましょう、という形で残っています。
今、食欲も落ちていないですけど、唯一の夏バテ対策でしょうか?
eri.hosoda

豪雨

すごい雨・・
ここ数年、ゲリラ豪雨という言葉ができたくらい、一瞬にしてとてつもない雨の攻撃を受ける。
昨日も、数メートル先が見えないくらい、空全部からバケツひっくり返したように豪雨が襲った。ここ数日、1日何回かこんな雨が降る。降るって感じではなく、襲ってくるような雨。
桂川は、散歩道も吸い込まれそうな濁流になっていた。
クリニックの横の天神川も、普段は、川というより溝のような雰囲気を持つ川だけれど、「うわ~。川やったんだ・・。」と思える濁流が土手の半ばにある草を投げ倒しながら流れていた。
天神川のそばに10年以上住んでいるスタッフが「こんなの初めて!」と驚いていた。
テレビでも、行方不明者や土砂災害、避難勧告のニュースばかりだ。
他の番組を見ていても、ピピ・・という音で、地域の警報発令の情報がテロップで流れる。
昔も、豪雨はあった。夏の夕方に、今まで晴れていたのに・・と思いきや、暗くなってきて、入道雲がドンドン大きくなって、夕立が来る、そして、数分大雨が降ったと思うと、カラっと晴れて、また蝉の声が聞こえてくる。
カミナリがなって、一瞬停電になり・・。(←古いけど、子どものころは、本当にしょっちゅう停電ありました。)
そういうカミナリや停電が怖かったけれど、昨今の豪雨は、そんな風情のある夕立とは、また別のもの。生活や命まで奪ってしまうほどの勢いだ。
こんなにいろんなことが発展して、便利になって来ている今の時代にでも、自然を侮れない。
豪雨は今の人間の力では、消すことはできない。何十年先、何百年先には、その豪雨を持つ雲を消すことが出来るのかもしれないけど・・。
しいて言えば、現代では、予測は発達しているから、その予測をしっかりキャッチして、用心することはできるはず。
ニュースの内容は他所の事、京都市内は大丈夫・・と思わず、常に用心だ・・。
eri.hosoda

コルジリネ レッドスター

SBSH009411聞きなれない植物です。
でも、実物を見てみると、1度はどこかで見たことがあるかも・・と思われる人が多いはず。
クリニック南側の壁際の植栽をすべて変えました。
以前は、さつきが植えてありました。
なくなってみると、以前何がそこに植えられていたか、パッと思い出せないものです。
もう、かわいそうなくらい、ボロボロの状態でさつきはがんばってくれていました。この場は、真夏は50度くらいになってるんじゃない?と思われる陰なしの炎天下。
真夜中以外は、ひっきりなしに車が行きかい、排気ガスを直撃しています。
植木屋さんに「ここで植物は無理」という助言をもらいつつも、だからこそ何か植物を・・という私の思いは変わりませんでした。
そこで、さつきを引き取ってもらい、代わりに植えてもらった植物。
緑じゃないです。赤いです。
名前もそのまま、「コルジリネ レッドスター」
暑さにも寒さにも強く、どんな土にも適応してくれる植物を考えてくれました。
30分ほどで、新しい植物に変わりました。
水のやり方をスタッフに説明してもらい、完了です。
白い壁に栄えます。
昔からあったかのように、存在感があります。
今年の夏、この五条天神川でがんばってくれることでしょう。
行き交う車の排気ガスにも耐えてくれるでしょう。
信号待ちの車の中からも、目に付くことでしょう。
建物を守るように陣取っているように見えます。


植え替えをして、その日の夕方に、毎日前を通る近くの幼稚園児が、植物が変わったことを目ざとく気付いてました。
不思議な印象だったのでしょうか。
まっすぐで、赤くて、硬そうで、ついつい触ってみたかったのでしょう。
じ~と数秒眺めて、そろりっと下から上にさすっていました。
そんなコルジリネ レッドスター。
どんな風に成長するのか、すごく楽しみです。  eri.hosoda
SBSH009511

1000人目

今日、クリニックがオープンして1000人目の赤ちゃんが生まれました。
本当に、素敵なお母さんとお父さんのもとに、生まれてきてくれました。
夜中の4時前に破水で、入院。
初めての出産で、まだ、破水だけで陣痛らしい陣痛はなく、まだまだ余裕のあるお母さん。
入院後、どんどん強くなってきた陣痛、あれよあれよというまに、分娩室へ。
陣痛が始まってほんの3時間30分後の、7時29分に元気な男の子を出産されました。
入院のとき、「このまま、お産になって、追い抜かされなかったら1000人めさんだよ」という、お話をさせてもらったら、「すごーい!!是非ブログに載せてくださいね!がんばろっ!!」とすごく喜んでくださいました。
でも、そのときは、まだ、「初産婦さんで破水だけだし、経産婦さんで入院してすぐお産の方がおられたら残念だけど1001人目になるよね」と笑ってたんですけど・・。
1回も弱音を吐かず、陣痛がきたらお手本のような呼吸法をされ、合間はご主人と笑顔で会話。頭が見えてきた頃、「早く出ておいで~、待ってるよ~」と赤ちゃんに声をかけられて・・。ご主人もいっしょに手を握って、お母さんの姿勢を上手に支えておられて・・。私たちは、本当にお手伝い。赤ちゃんの命をお母さんが上手に守っておられる、なんと理想的な素敵なお産だったことか・・。
そして、生まれてきてくれた赤ちゃんにお父さんとお母さんとも「上手に出てきてくれてありがとう。そして、先生、看護婦さん本当にありがとうございました」と微笑んでくださいました。
私たちには、何のありがとうもいりません。
すべて、お母さんの努力。
すべて、赤ちゃんのがんばり。
すべて、それを支えるお父さんのおかげ。
妊娠中、毎日かかさず数時間歩いておられたそうです。
体重も増やさずコントロールされていました。
そうです。お母さんがしっかり育んでくれた命。
大切な大切な重みが積み重なった1000番目サンです。
私たちの方こそ「ありがとう」を言わなければなりません。

昨日までは、実感なかった私も、さあ、生まれるよ!という数分前には、いろんなことが頭の中をよぎりました。
なぜか、5年前の1例目の方のお産の光景・・。
帝王切開になろうかというくらい大変なお産でしたが、元気に生まれてきてくれました。あれから、1000人の赤ちゃんが生まれてきてくれた・・。
一言では語りつくせぬ、1000人・・・。
いろんな家族の方々の中へ・・。
その一人ひとりが意味があってその家族に生まれてきてくれたからこそ、今、新たに1000人目さんの重さと喜びを感じるのです。そして、もうすでに、先に向かって新しい命を迎える時間が流れているのです。


それから、いろんな方のお産を思い出すとともに、それぞれのスタッフの顔も浮かんできました。
もう、今は退職しているスタッフ、そして、どんなときも細田クリニックの要になってくれている日々そばにいてくれる今のスタッフ・・。
そして、昨日999番目に生まれてきてくれた小ちゃなかわいい男の子。
小さかったけれど、すごく元気でよく飲んで・・。お母さんは、10ヶ月、必死で命を守ってくれました。本当に、お母さんの力です。

そんな今日の朝。
梅雨の合間のまぶしい朝日です。
そして、日々変わらない外来がまた同じ光景で始まっています。
病棟もスタッフ3人笑顔で、日常業務が行われています。
いつもの受付さん、セクレタリーさん、病棟、外来のスタッフさんの顔・・。
今日の朝のみんなの顔を見て、またこれからもがんばろっと思えました。
そうそう、今日も忙しい夜勤だったけどいっしょにお産を支えてくれたMちゃん、ありがとう。

こんな6月24日の朝でした。