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母体搬送

毎日、新聞やニュースで「妊婦の受け入れ先がない」という話題が途切れない。
今、妊娠中の方やそのご家族は、不安でいっぱいだと思う。
細田クリニックでも、度々電話や外来診察中に質問を受ける。
「もし、異常が起こったら、どこに搬送されますか?」
「提携している病院はありますか?」と。
先に、その質問の答えを、述べておこうと思う。
京都は、母体搬送のシステムがきっちりなされている。
まず、開業医が1つ1つ総合病院に電話をかけて、空き状況を確認するのではなく、日赤にセンターを設けてあり、そこへ連絡すれば、どこの病院が受け入れ可能か即答してくれる。もちろん、その時点で、搬送先の病院にも連絡は行っており、受け入れOKである。こちら側としては、妊婦さん、あるいは、赤ちゃんの状態を直接その病院に連絡するだけでよい。
具体的に述べてみる。
細田クリニックにかかっておられる30週の妊婦さんが陣痛が起ってしまい、陣痛を抑える点滴を行っても、陣痛が止まらない。もう、赤ちゃんが生まれるかもしれない。それなら、未熟児室の完備されている病院が必要となる。そこで、センターに「30週の陣痛が起こっている妊婦さんがいます。」など、状態を連絡。そこで、未熟児室の空き状況、産科の空き状況を確認の上で、細田クリニックに病院の決定の連絡が来る。
その連絡が来次第、細田クリニックよりその受け入れ先病院に直接、連絡をいれ、状況を説明。それと同時に、救急車を手配し、搬送となる。
よって、搬送が必要!と決定してから、どんなに時間がかかっても、5分以内に受け入れ先の病院が決まり、搬送することができる。
もちろん、京都市内のどこも未熟児室、産科が満床、帝王切開中、という事態が起こっていることもある。先日も、京都の未熟児室がどこも空いておらず、細田クリニックから宇治の未熟児室のある産科へ搬送した。しかし、こういう場合でも、病院決定までに、5分もかからなかった。
もし、東京都のように、自分たちで行先の病院を1つ1つ電話で確認しながら探していたら、20分30分、いや、もっとかかる可能性はある。
産科は、1分と待てない状況の時もある、ということは100も承知のはず。

これは、あくまで、産科にきっちりと受診されている人に限る。
どこも産科にかかっていない妊婦さんは別であり、その妊婦さんがどういう状況であるかわからないし、まず、妊娠かどうかもわからない状況から救急搬送ともなれば、受け入れ先は、ほとんどないであろう。
きっちり、妊婦健診を受けていることは、自分を守ることの最低限である。
これで、細田クリニックにかかっておられる妊婦さまは一安心だと思う。
ここで、私の一つ言いたいこと。
先日あるテレビ番組で、「東京で、受け入れ先が決まらず脳出血で死亡した妊婦の症例について」有名なタレントが言い切っていた。
「受け入れ先の病院は、手術中であっても、ベッドが満床であっても、受け入れろ!手術が終わってすぐに診ればいいじゃないか、ベッドがなければ、廊下で見ればいいじゃないか!」と。
影響力のあるテレビで、しかも、断言力のある言い方で、言わないでほしい。
手術が始まれば、少なくとも、1~2時間は手術室から出てこれない。
その間、搬送された妊婦を放っておくなら、他に受け入れ先があるように祈りながら搬送を断って当然だと思う。
廊下でどんなケアができるというのか。せいぜい点滴程度。しかも、みんないる廊下でプライバシーもなく、修羅場の処置ができるのか。考えてみたらわかると思う。
私も、院長も未熟児室を持つ総合病院で何年も働いていた。
大きい病院だからといって、なんでも出来るはず、と思わないでほしい。帝王切開などの手術となると、他の外科や整形外科などの手術の絡み、麻酔科の手配、小児科の先生の依頼、呼吸器の準備、などなど、緊急であっても、緊急にならないこともあった。その間に、他のお産の方が進んでくることもある。未熟児室では、呼吸器が既に稼働していれば、新たに、呼吸器を準備しなくてはならない。もちろん、病棟には20人ほどの入院患者さん、および、10人ほどの赤ちゃんがいる。
昼間ならともかく、夜間は、その状況でも、2人の看護師でやり遂げる。産科医小児科医が何人もいるわけではない。夜間は、各一人。
そんな状況で、次々に救急を受け入れろ!なんて、逆に命の重さを感じない発言だ。
そんな状況で何年も働いていた。今は、逆の立場で、母体搬送をする側の立場になった。両方の立場として、考えてしまう。
幸い、細田クリニックから搬送された妊婦さんは大事に至らず、無事搬送先の病院から退院され、退院後に、元気な顔を見せてくれる。
本当に搬送先の病院には感謝している。
こうして、開業医の役割と、大きな病院の体制を理解している今、新聞記事やニュースの母体搬送受け入れなし、という言葉に、歯がゆく思い、心が苦しくなる。解決策はないようにも思うし、でも、絶対解決しなくてはならない問題。
私の結論!どうしたらいいのだろうか。今の日本の現状では、無責任な発言だが、京都のシステムの中でお産ができてよかったと思う。
                          eri.hosoda



秋晴れ

昨日、今日と、気持ちがいい晴天。
暑くもなく、寒くもなく・・・。
ずっとこんなな感じがいいな。
妊婦さんにも、がんばって歩いてね・・と言いやすくなった。
真夏の暑いときには、ちょっと言い渋っていたけれど。

日々妊婦さんには、1時間以上は歩くこと・・と、言っているが、忙しさを理由にほとんど、歩くことのない私たち。
この前の、3連休、携帯だけを手に歩いてみた。
自宅から、桂川を越えて、桂川街道まで。そして、帰ってきた。
正味1時間半。・・・その間、雑貨屋さんでウロウロ。服屋さんでウロウロ。自転車屋さんでウロウロ。
真剣に歩いたのは、1時間弱かも。
それでも、私は、疲れた~の連発。気負って半袖Tシャツで歩いた主人は、くしゃみの連発。いかに、体を動かしていないか、反省をした。
ある妊婦さんが、
「ただ歩いてるだけだと、面白くないので、カメラを持って歩くことにしました」
とおっしゃっていたのを思い出した。その日は、カメラを忘れて家を出たが、たくさんの物が目に入った。
(1)桂川は、結構きれいな水である。橋の上からのぞいたら、魚が見えた。
初めて知った。もっと澱んでると思っていた。

(2)桂川の歩道橋のど真ん中で、風景画を描いておられるご老人がおられた。
こんな風に自分の時間が持てて、しかも、こんな車の行き来する中でも、そこは、ゆったりする空気になっていた。年を重ねても、どこでも、すぐに、できる趣味はいいな、と思った。{余談:::スタッフのお父様が水墨画を書いて、私にプレゼントしてくださった。そのときも、素敵ぃ!趣味があったらいいな~と思った。私も主人も、趣味にしたい興味は山ほどあるけど、時間がないということを理由に全く・・・。老後に向けて、何かやりだそう・・と決意だけは毎日しているのだが、あれもしたい、これもやりたいと、想像だけで終わっている。}

(3)桂川のほとりには、たくさんの畑があって、木(いちじくや柿)や花や野菜があった。こんなに広いと思わなかった。これも、スタッフのお父様がそこで畑を借りて、無農薬で野菜を作っておられ、おすそ分けをいただいたことがあった。土いじりをしたくてしたくてたまらない私は、いつか、ここの畑を借りて、無農薬の野菜を作って(大変らいいけど)、いろんな人におすそ分けして、家でも食べたいなあと思った。

(4)近道発見!五条通は信号のないところでは、絶対横断はできず、信号までかなりの距離があったり、でめんどくさい。突然、主人が近道を発見した。方向音痴の私は、今、そこを説明しろ、といわれても、できないが、とにかく得した気分になった。歩くことを目的に散歩しているのに、近道をラッキーと思うこと自体、何だか変だが・・。

などなど。
たくさんのものを発見。さらに、妊婦さん、患者さん、ちびっ子たちに遭遇も・・・。
(本当は、主人は、立ち寄った自転車屋さんで、試乗してみた自転車が結構、気に入ったようだ・・もうすぐやってくる誕生日にねらっているような・・)
今度は、お店には寄らずに(笑)、もっと先に足を延ばしてみたい。


                            eri.hosoda



 

会話

殺人事件の記事。
新聞に載っていない日がないくらい。
先日は、小学1年生の子供を母親が殺す、という、ありえない事件で、震えてしまった。
私は、「本当であってほしくない」という思いとともに、事件直後から、母親を疑った。
99%母親が犯人では?と直感していた。
もちろん、物理的にも母親だろう、と思われるところもあった。
携帯やこどもさんの衣類からの指紋が、家族以外の人のものがなかったこと。
そしたら、家族?と思ってしまう。
私が、「??」と思ったのは、こどもが抵抗した跡がなかったこと。小学1年生にもなっていたら、不審な人が首にひもをかけたなら、わずかでも抵抗するであろう。また、母親がトイレに行った一瞬にいなくなったこと。
親子で、遊びに行くのに、GPSを持たせたこと。
などから、一番あたってほしくない私の犯人像が当たってしまった。
亡くなった僕。なんて言っただろうか。
「お母さんやめて!」と言っただろうか。
いや、後ろからひもを使ったなら、お母さんとは知らずに「誰?やめて」とだけ、言っただろうか。むしろ、近くにいるだろうお母さんに「お母さん~助けて」と言ったかもしれない。考えたら泣きそうになる。
どうか、天国で、犯人を知らずに過ごしてほしい、と思った。
悲しくて、怖くて、身震いするほど恐ろしい事件。
母親は、心の中の1%でも、罪の意識はあるだろうか。
父親は、息子だけでなく、そんな残酷な母親に追い込んでしまったことに、後悔しているだろうか。
絶対に、父親に向けて、母親からのサインがあったはず。
救える手段は絶対あったはず。
コミュニケ―ションは、あったのだろうか。言葉の端々、顔の表情、笑顔の数・・、夫婦ならサインを見抜けるはずだ。
普通のコミュニケーションのある夫婦、家族なら難しいはずがない。
この事件だけでなく、家族の中で、殺す、殺される、がありうるこの世の中。
「もう、やめて~」と叫びたい。
話はそれるかもしれないが、夕べの子供との会話。
「今日の運動会どうやった?」
(リレーのアンカーをやり遂げたとなれば、親として興味津津)
「一人抜かしたけど、あかんかった。」
(こちらが聞けば答えるが、小さい頃のように、それでな~~、それからな~~、と湧き出るようには話さない。やはり男の子。日頃、マザコンにはなるなよ~と思うから、安心もするが)
ひとしきり、発言率、7(私):3(子ども)の会話をし終えた。
めんどくさそうであったが、全部答えてくれた(笑)
そして、最後に子供から一言。
「なあ、白髪すごいな。前に1本すごい目立ってるねん。その立ってる白髪、さっきから気になるし、抜いたら?」
「ほっといて~な。知ってるって。自分で抜くし!!」
こんな、締めの会話。仕事で、会話する時間が限られていて、ほとんど団らんと呼べる時間はないけど、
うちの家族への不安は全くないことを改めて思った。
      eri.hosoda










子供と成長

9月に入ってもう、10日が過ぎた。
いろんなことがありすぎて、本当に慌しい毎日だった。
夜中のふっとした時間に、ふっとブログを書きたくなるのだが、たくさんありすぎて、書けなかった。
それに、年をとったせいか、ちょっとの時間の隙間でも、次のお産のために横になっておこう、寝ておこう、と思ってしまう。一晩、貫徹でも、全く平気だった若かった頃に比べ、今じゃ、ちょっと休憩・・が必要になってきた。
そんな中、たくさんの赤ちゃんが誕生。みんな元気で生まれてきてくれて、忙しい時間もあっという間に過ぎてしまう。
そして、退院の時には、本当に、よかった~と思う。
10ヶ月無事にお腹の中で成長してくれたこと。
お母さん、お父さん、時には、お兄ちゃん、お姉ちゃんが見守ってくれている中で、大きな産声をあげながら生まれてきてくれたこと。
そして、かわいい服を着て、お母さんに抱かれて、ニコニコ笑顔で退院されていく姿。
本当に素敵な瞬間である。この職業でよかったと思う瞬間でもある。


そして、何ヶ月、何年か経って、小さな小さな赤ちゃんが、ドンドン成長していく。

最近、昔からの私の友人、何人かが、子供を連れて家に来てくれた。
1年4ヶ月前に、細田クリニックで、私の手の元に生まれてきてくれた。(母じゃないけど、まさに私の手の中に・・)
まだまだ、1才4ヶ月、と思いきや・・・
食べる食べる・・・。動く動く・・・。走る走る・・・。しゃべるしゃべる・・・。
そして、もっと感動したのは、家のキッチンにあるものや、洗濯場にある掃除の道具を、滅多に会うことのない私に、しかも、この家が私の家と記憶もないはずなのに、多くの大人の中から私に向かって、せっせ、せっせと運んでくれる。
お母さんでもなく、他のお母さんでもなく、私に・・。何で、この家の人間とわかるのだろうか。偶然かも、と思ったが、他の人を乗り越えて、私の手元に運んできてくれた一生懸命な姿に感動した。

それから、2年半前に、クリニックがオープンして間もない頃、入院してあっという間に、私の手の元に生まれてきてくれた。
今じゃ、私のことを、えりちゃん、えりちゃんと、友達感覚。この前まで、赤ちゃんと思っていたが・・。小さい頃から、お母さんの用事で、私の家に一人で預けられても平気だったが、さらに、私に近づいて話してくれている。2才なのに、はっきり会話成立!私の大切な友達の一人になっていた。

それから、以前働いていた病院で、9年前、ちょっと小さめだが、元気に私の手の元に生まれてきてくれた。
もう、小学3年生!ちびっ子の中で、だれより、「えりちゃ~ん、あんな~」と大人の会話。しっかりお姉さん。
普通に女同士の会話。ドンドン成長して、もっともっと近づいてきてくれる気がした。

同じく6年前、緊急な場面で、慌しい帝王切開のなか、元気に私の手の元に生まれてきてくれた。涙が出るほどホッとしたあの日からもう6年。今では、私の家に来ることを楽しみにして来てくれている。帰りに耳元で、「また来るね」と言って・・・。

母親同士は、みんな仲良し。そして、子供たちが、生まれたその瞬間から知っていて、成長していってくれる姿を目の当たりに見せてくれる。
この仕事をしていて、本当に恵まれていることを実感した。
友人に、お産をお願いされ、無事に生まれ、成長していくうれしさが身にしみる。
家族じゃないけど、家族のようにうれしい。

さて、何が言いたかったのか・・・は、
今週、先週、先月、去年、と、元気に生まれて来てくれて、そして、退院されていく御家族の姿の何年か先には、みんな、こんな成長が待っているんだな~と、友人のお産を思い起こし、そして、子供たちの成長に気付き、感慨深く思ったわけだ。
お産は命がけ。必死にその手助けをする仕事。だからこそ、家族と同じ思い、自分の子供の成長のように、うれしいのだろう。
                               eri.hosoda






産科

先日、産婦人科医の過失と言う理由で、裁判が行われて、無罪が確定された。
ほっとした。心底。それは、医師だけでなく、私たち医療関係者はみな胸をなでおろした。
医療を行うことの中で、命を救うことは当たり前のことであり、この患者さん、この妊婦さんは死んでもいい、なんて思ってる医師、医療関係者は誰一人いないと思う。結果、どんなに必死ですべての力を、いや、120%のすべきことをおこなっても結果がでないときもある。こんなに医療が進化していても、この日本で年間50人ほどの妊産婦さんが死亡という現実がある。京都でも、去年3人の妊産婦さんの死亡例重体例を聞いた。しかも、開業医ではなく、大きな病院で・・・。
先にも書いたが、この裁判で無罪でなく、もし、有罪であれば、おそらく、産婦人科医はさらに激減したであろう。院長も、口だけであろうが、「辞めようか・・」と言っていた。
産科医の40%が60才以上の高齢の医師の上、女医さんが、どんどん産科をやめ、婦人科だけの外来だけとか、健診だけ、というパターンに変えられている。開業医産婦人科の息子でさえ、産婦人科を選ばない。
そんな時代。
それは、産婦人科は昼夜関係ない。365日拘束。元気で生まれて当たり前。
一生懸命やった結果であっても、何かあれば、訴訟がついてくる。
60才以上の年齢では、きつくなってくる。体力的にも精神的にも。
(60才になってなくてもきついが・・)
女医さんはなぜだろうか。育児子育て・・それらが終わったらドンドン産科に復帰して欲しい。もちろんそれには、家族の協力は不可欠なのはよくわかる。
私なんか、昼間はずっとクリニックの中。夜も一週間のうち半分は、クリニック。ひどい月には、子供の弁当は下ごしらえはしてあるものの、朝、詰め込むのは、私が2~3回主人が10回以上、さらに、私も主人もクリニックという日は、子供が、詰め込んでいく日もあった。家事も自然に夫婦分担。子供もキッチンに立たなければ食べていけない。そこまでして、仕事優先がいいのかどうかわからないが、そうせざるを得ない仕事と割り切っている。私も家族も。もちろん、私も家事をしなくては・・、と思うストレスはないわけではない。5時に帰っていくスタッフを見て、今から母になり、主婦になるんだな、と思うと切なくなることもある。でも、この3年間やってこれている。(もちろん、家族だけでなく、スタッフも家族のように助けてくれているからだが)
だから、若い女医さんに復活してもらえば、もっと産婦人科医が充足し、産科医療にゆとりも出てくると思う。
女医さんであっても、男性医師であっても、お産に対するストレス、時間の拘束は同じはずだが・・。
私の知っている女医さん、たくさんおられる。なぜか、多くの先生が、産科を辞められた。すごく尊敬できて、腕もよくて、笑顔も素敵で・・・。なのに、なぜかな?と思ってしまう。もったいない。こんな要領の悪い私でも(女医ではなく助産師であるが)、夜ほとんど拘束、実働をやりこなせているのだから、もっと、優秀な女医さんはもっと、てきぱき、要領を得て、産科医療ができるはず。
今、全国で産科医(お産に対応している医師)は7000人だそうだ。こんなに、人口の多い日本で、たったの7000人。さらにドンドン減っていく予測。
本当にどうなるのか。生むところがなくなれば、昔の中国のように一人っ子政策なんかが出てくるかも。
それほど、深刻な問題。生む場所がなくなる→だから、数少ないお産施設に集中する→そうなると、そこの産科医はさらに激務→だから、辞める→大きい病院も閉鎖→異常なお産を受け入れてくれる大病院がなくなれば、周りの開業医も閉鎖→妊婦さんはどうしたらいいの?
これが、近い将来訪れるお産事情だ。
難しい話にも思うが、しっかり、国レベルで対策をもらう、かつ、政治家や臨床から離れた人で決めるのではなく、今、産科医療に携わっている人の現状が受け入れられる生の対策を考えて欲しいものだ。
余談だが、先日、大阪府の橋下知事が「私立の学校への公的援助金を削減する」という意見をだした。
「え?学校は、私立でも、公から援助があるのか。病院は私立でも援助はないのにな」と、思ってしまった。歯がゆい話だ。
             eri.hosoda